境内

表参道・仁王門

 
城願寺・万年山の表参道。広く整備された階段は登りやすく、途中仁王門が守ってくれています。


 

びゃくしん(文部省指定天然記念物)

 
表参道を登りきると右側に樹齢900年の【びゃくしん】が悠然と参拝者を見守ってくれています。

 

七騎堂

 【七騎堂の由来】
伊豆に流されて20年間、蟄居の生活を送っていた源頼朝が、源氏再興の旗挙げをしたのが今から約8百年の昔、治承4年8月23日である。頼朝は石橋山(神奈川県片浦村)に陣を布き、手勢3百騎で平家方の大庭景親軍3千騎と対戦したが、衆寡敵せず忽ち潰走して土肥の杉山に逃れ、山中の洞窟に身を隠し或いは山中の堂宇に難を避くる等、辛うじて大庭軍の目を眩まし8月28日に岩村の海岸から漁船に乗って房州に落ち延びたのである。この時同船したのが頼朝以下主従七騎であったので、世にこれを頼朝七騎落と呼んでいる。


 

頼朝の決起によって平家が滅び、日本の王朝政治が終りを告げて武家政治の時代が開かれ、ここに日本歴史を転換させた最初の戦が土肥郷(今の小田原から湯河原まで)を舞台として戦われ、しかもこの合戦の参謀として活躍したのが当地(現湯河原町)に居館を構え、土肥郷を領していた土肥次郎實平であったのである。吾が郷土の史実研究団体である土肥会に於ては、さきに郷土と縁の深いこの七騎落七武者の像を刻み、土肥氏の菩提寺城願寺境内に一宇の堂を建立し、ここに安置することになった。七騎堂即ちこれである。

釣鐘堂(しょうろうどう)・文殊堂(もんじゅどう)

 重層塔の横にあり、心地よい鐘の音を響かせている。



 

智慧の仏とされる文殊菩薩。学問の神として崇められる天神さま菅原道真が祀られている。明治政府の学制発布を受けた際に学舎が無くこの文殊堂が仮校舎として利用された。

寂靜塔(じゃくじょうとう)

平成27年 合同供養塔(永代供養墓)の寂静塔が完成しました。